東京医科歯科大学は2021年6月24日、高脂肪食による肥満が脱毛を促進する仕組みを突き止めたと発表しました。
✓高脂肪食の過剰摂取や遺伝性の肥満がマウスの脱毛症の発症を促進する
✓炎症性サイトカインシグナルが幹細胞内に発生しShh経路を抑制する
✓毛包幹細胞においてShh経路が抑制されると、毛包幹細胞が表皮または脂腺への分化によって失われ、これによって毛包のサイズが小さくなり毛が細くなる
✓ 早期からの予防的介入により毛包幹細胞を維持することによって脱毛症の進行を抑制できる
研究の背景
体を構成する多くの臓器は、加齢に伴いその機能や再生能力が低下し様々な変化が体に起こります。
その一つが肥満です。年齢とともに基礎代謝量が減少し、太ります。
脱毛も同じように加齢に伴う老化現象です。肥満が男性型脱毛症の危険因子となることは疫学的に示されているものの、そのメカニズムについてはわかっていません。
これまでに、研究グループは加齢による毛包幹細胞の枯渇が薄毛・脱毛に関係していることを明らかにしていました。
今回新たに、高脂肪食・肥満が毛包幹細胞の分裂に必要な「Shh経路(ソニックヘッジホッグ経路)」と呼ばれる神経伝達経路を非活性化することで薄毛・脱毛を起こすことがわかりました。
研究の概要
研究では生活習慣が毛の周期的再生に及ぼす影響や老化との関連を調べるために、老若両方のマウスに高脂肪食を与え、その違いを検証したところ以下の結果になりました。
- 加齢マウス…1ヶ月間高脂肪食を摂取するだけでも毛が再生しにくくなった。
- 若齢マウス…数ヶ月以上の高脂肪食と数回の毛周期(ヘアサイクル)を経て、毛が薄くなった。
次にこの違いが発生する仕組みを明らかにするため、
- 網羅的遺伝子発現解析
- 毛包幹細胞の遺伝学的細胞系譜解析(運命追跡)
を実施しました。
その結果、加齢マウスでは4日間という短期の高脂肪食でも毛包幹細胞において
- 酸化ストレス
- 表皮分化に関わる遺伝子の発現
が誘導されたのに対し、若い個体では毛包幹細胞のプールは維持され、毛の再生への影響はありませんでした。
一方、3ヶ月以上にわたり高脂肪食を摂取したマウスにおいては、毛包幹細胞内に脂肪滴が蓄積し、成長期に毛包幹細胞が分裂する際に表皮または脂腺へと分化することで幹細胞の枯渇が進むことが明らかになりました。
その結果、毛包の萎縮(ミニチュア化)を引き起こして、毛の再生を担う細胞が供給されなくなるために、脱毛症が進行し、
- 毛が細くなる
- 毛が生えなくなる
などの脱毛症の諸症状が現れることが明らかになりました。
肥満が毛包幹細胞を増やするShh経路を抑制
本来であれば細胞が分裂する際、Shh経路が活性化されます。
ところが3ヶ月以上にわたり高脂肪食を摂取すると、Shh経路に十分な活性化が起こらなくなることが今回明らかになりました。
また、遺伝要因により肥満したマウスにおいても同様にShh経路の活性化が十分に起こっていませんでした。
炎症性サイトカインシグナルが幹細胞内に発生しShh経路を抑制する
さらに研究では、どのような仕組みでShh経路の活性化が起こらなくなるのか調べました。
するとIL-1bやNF-KBといった炎症性サイトカインシグナルが幹細胞内に発生し、再生シグナルであるShh経路を強力に抑制することが判明したのです。
肥満と薄毛・脱毛の関係
- 肥満が幹細胞内に炎症性サイトカインシグナルを発生させる
- 炎症性サイトカインシグナルが、毛の発育に重要なShh経路を抑制
- 毛包幹細胞が分化によって失われる
- 毛包のミニチュア化・毛の細径化が促進される
Shh経路を活性化し続けた場合脱毛の進行は抑えられた
最後に毛包幹細胞におけるShh経路の再活性化によって肥満による薄毛や脱毛が改善するかを調べるため、遺伝学的手法と薬理学的手法を用いて検証しました。
結果、高脂肪食の開始初期からShh経路を活性化し幹細胞を維持した場合にのみ、脱毛症の進行を抑制できることが確認されました。
「 高脂肪食などによる肥満が薄毛・脱毛を促進するメカニズムの解明 」【西村 栄美 教授】
「高脂肪食などによる肥満が薄毛・脱毛を促進するメカニズムの解明」|PRIME TIME|
まとめ
今回の研究で以下のことが判明しました。
「肥満によって炎症性サイトカインシグナルが幹細胞内に発生し、Shh経路を抑制。すると毛包幹細胞が表皮または脂腺への分化によって失われる。結果毛包のミニチュア化、毛の細径化が促進される。」
またShh経路を人工的に活性化した場合、脱毛が抑制されることも判っています。ただしこれはあくまでもラット実験の結果。
今後ヒトのShh経路を安全に活性化する方法が見つかれば、薄毛治療は間違いなく大きく前進するでしょう。